2017年7月15日土曜日

神奈川県 / 相模原市

(サク)二十三夜

寛政九年 □巳

十月 □日

橋本から塚場を経由して田名に繋がる道は、関東北部から大山詣でをする人々が利用した道で、「大山道」「大山街道」と呼ばれたようだ。二十三夜塔もこの道の沿線近辺に見られる。

下九沢の金泉寺境内には多くの石塔が並ぶ。寛政九年丁巳は1797年。







2017年7月7日金曜日

神奈川県 / 相模原市

二十三夜供養塔

寛政六甲寅十月吉日

當村講中

願主 小野弥五エ門 関根久次郎

相模原市中央区の田名四ツ谷交差点にある「石神社」。
境内にはたくさんの石塔が集まっている。この二十三夜塔も、元は交差点のはす向かいにあったようだ。
寛政六年は1794年。









2017年6月23日金曜日

東京都 / 武蔵村山市

大日如来像

奉勤月(日)待 供 養

武州多摩郡 神明ヶ谷村 諸願成就所

享保八癸卯天 十一月吉日

武蔵村山市の小山堂(大日堂)の丸彫りの大日如来の石像。
平成6年8月の武蔵村山市立歴史民俗資料館報には、「武蔵村山市における月待信仰と遺物について」という報告があり、寛正六年(1465)の月待供養五輪塔や板碑とともに、この大日如来像が紹介されている。そこでは「月待供養」とされている。

ところがお堂の傍らに建つ案内(平成8年・教育委員会)には、「日待供養」とあった。

現在、お堂の扉は鍵がかかっていて、隙間からのぞいてもはっきりとは見えない。大日なので、やはり「日待」ということか。




2017年6月12日月曜日

東京都 / 日の出町

十五夜塔

造立年等は不明

笠付きの自然石だが奇妙な形をしている。
日の出町は、近世は大久野村と平井村という大きな村だったようだが、月待供養塔はこの塔一基しかないようだ。
「日の出町史 文化財編 平成元年」によると、月待の習俗がないわけではなく、念仏供養塔や寒念仏供養塔などとして造立されているのではないか・・とある。

日の出町細尾地区の橋のたもとにある。近くの光明寺は真言宗豊山派。






2017年6月7日水曜日

東京都 / 府中市

廿三夜塔

年号等不明。
府中是政の真言宗豊山派の竜泉寺。門を入ってすぐ近くの、住職のお墓と思われるそばに、本当にひっそりとある二十三夜塔。小さな烏帽子のような形で、塔寸23センチと資料集にある。花立と並んでいてサイズも同じくらい。
府中競馬場の南側。高速道路そばで、お寺も今は無住の様相。